トヨタも採用…大手製造業で始まった「AI活用」生産性向上とコストダウンが焦点

大規模な製造業の現場では、現在どのように人工知能(AI)が活用されようとしているのか。2017年3月30日、興味深いニュースが報じられた。それは、日本を代表する自動車メーカー・トヨタ自動車(以下、トヨタ)が、材料開発にAIを積極的に導入していくというものだ。

一般的にトヨタが開発する人工知能と言えば、自動車など自社製品に搭載するためのものというイメージが強い。同社は2016年1月、シリコンバレーに「Toyota Research Institute(以下、TRI)」というAI開発のための子会社・拠点を設立しているが、当時各メディアは、将来的に普及が期待される自動走行車の市場を席巻するため、トヨタが人工知能開発に本格的に乗り出したという視点を強調した。ただ今回のニュースを聞くに、どうやらそれだけではないらしい。ウェブメディア「ロボティア」の記者・河鐘基氏は言う。

「トヨタ関係者によれば、人工知能開発に力を注ぐ目的は、決して自動走行車のためだけではないと言います。製品の生産性拡大、品質向上など、人工知能を適用できる領域はさらに広範囲にわたります」

今回、その関係者が語ったトヨタの方針が、ひとつ実現した形となりそうだ。なお同社発行のプレスリリースによれば、トヨタは前述したTRIを中心に、人工知能技術を活用した材料開発を推進。その試みに、今後4年間で約3500万ドル(約39億円)を投資するとしている。また、スタンフォード大学、マサチューセッツ工科大学、ミシガン大学、ニューヨーク州立大学バッファロー校、コネチカット大学のほか、英国の材料研究開発企業Ilika社などと協力し、「次世代のゼロ・エミッション車やエコカーに用いうる、新たな電池材料や燃料電池用触媒の開発に向けた材料研究を模索する」と明かしている。

人工知能による演算で、実証作業を効率化

では材料開発にAIをどう使用していくのか。その具体的な方針としては、以下のような説明があった。

「材料に関する先進的な計算モデル、実験データ取得の新手法、機械学習や人工知能を活用し、材料開発・探索にかかる時間を劇的に短縮することを目指す。各研究プロジェクトにおいては、新材料の開発・探索そのものに加え、その加速に向けた手法や手順の開発にも取り組んでいくことを想定している」(トヨタ 2017年3月3日プレスリリース「Toyota Research Institute, Inc.、総額3500万ドルを投じ、材料開発・探索で外部の研究機関等と協力」より抜粋)

つまり、人工知能に高度な演算をまかすことで、人間がひとつひとつ積み重ねていた実証作業などを効率化。材料開発のサイクルを早め、ビジネス競争力を高めていくということになりそうだ。

なおTRIのチーフサイエンスオフィサーであるエリック・クロトコフ(Eric Krotkov)氏は、人工知能を使った材料開発の意義について、次のようにコメントしている。

「トヨタは人工知能を、様々な産業で活用できる重要な基盤技術と捉えている。今回、人工知能を通じて材料科学の限界を押し広げていく機会に恵まれたことを誇らしく思う。材料開発・探索を加速させることで、将来のクリーン・エネルギー社会に向けた下地を作るとともに、2050年までにグローバル新車平均走行時CO2排出量を90%削減するというトヨタのビジョン達成に近づくことができると考えている」(前掲のプレスリリース内で発言)

同年3月には、トヨタとほぼタイミングで、韓国製鉄大手「ポスコ」が人工知能を使ったソリューションを実用化している。なお韓国メディアによれば、「製鉄メーカーとしては世界初の試み」になるそうだ。

AIの活用で、品質向上、生産性拡大、生産コストの削減

ポスコが現場に導入した人工知能ソリューションとは一体どういうものか。自動車鋼板の中心的な生産技術のひとつに、溶融亜鉛めっき(CGL、Continuous Galvanizing Line)がある。ポスコは同プロセスに人工知能を導入。メッキ付着量のばらつきを減らすことに成功したとしている。

そもそも自動車鋼板のメッキ作業は、層の厚さを均一に合わせるのが非常に難しいとされてきた。というのも、納品先となる自動車メーカーの要求や、気温や湿度など諸条件が常に変化するからだ。人の手でメッキ付着量を制御していた従来の方法だと、作業者の熟練度に応じて品質にばらつきが発生していたという。亜鉛は高価な原料なので、品質のばらつきは必然的に生産コストの増大をもたらしていた。

そこに新たな人工知能およびソリューションを導入することで、都度、リアルタイムでメッキ付着量を予測。目標となる量に正確に合わせることができるようになったそうだ。ポスコ側は、人工知能にメッキ鋼板の品質向上、生産性拡大、生産コストの削減を期待している。

AIがビジネスの在り方そのものを変える

一方、米国の医薬製造業界においては、新薬開発のために人工知能が積極的に活用されはじめた。例えば、米シリコンバレーに拠点を構える製薬分野スタートアップ「twoXAR」は、AIを活用し新薬開発の精度・スピード向上を狙うとしている。

同社の共同創設者兼CEOアンドリュー・ラディン(Andrew Radin)氏は、米メディア「IEEE spectrum」の記事のなかで、「我々は分子モデリング技術ではなく、病気に関連する膨大な量の医療データと高度に訓練されたAIベースのアルゴリズムを活用し、新薬開発を進めている」と明らかにしたことがある。ラディン氏が言う医療データには、タンパク質相互作用、診療記録、遺伝子発現に関するデータなどが含まれる。

twoXARは2016年からスタンフォード大学と連携。リンパ管奇形(lymphatic malformation)、先天性表皮水疱症(epidermolysis bullosa simplex)など難病の新薬開発を進めている。また2017年に入り、日本の専門医薬メーカー・参天製薬の米国子会社・サンテンコーポレーションと提携。緑内障を治療するための新薬開発にも注力している。加えて、スタンフォード、シカゴ大、ニューヨーク・マウントサイナイ病院などと協力し、希少皮膚疾患、肝臓がん、糖尿病性腎障害(diabetic nephropathy)、アテローム硬化症(atherosclerosis)などの新薬も開発中。関節リウマチの新薬については、臨床前段階のテストを終えた状態だ。

ラディン氏は、新薬開発にコンピュータ科学者たちが乗り出した流れについて、自動車産業を例に出す。曰く、自動車メーカーのエンジニアは、車をより安全にするために、安全ベルト、エアバッグ、ブレーキシステムの技術開発に関心を持っているが、コンピュータエンジニアは、最初から運転をなくす方法を模索してきた。その過程で発想された自動走行車であり、それはGMやフォードなど自動車メーカーが考え出したものではない。新薬の開発についても同じことが言えると、自分たちのビジネスに自信をのぞかせている。

自動車というハードウェアを作りつづけてきたトヨタが、人工知能研究に多額の投資を行い、一方でAI・ソフトウェア研究者たちが製造業の現場に参入する。人工知能は、製造業のパフォーマンスを上げると同時に、その在り方そのものを変えるテクノロジーとして注目を浴びているようだ。