目指すは「家畜のヘルスケア」…畜産業とAIの現在

牛の体調を分析し病気を検知するAIシステムの開発が始まる

畜産業の現場では、どのように人工知能(AI)の活用が進もうとしているのか。2017年4月、「日本経済新聞」(4月22日付)が興味深いニュースを報じた。農業・食品産業技術総合研究機構などが中心となり「牛の効率的な繁殖を支援するAIシステム」の開発に入ったという。

そこで構想されている仕組み・用途はこうだ。まず、牛にセンサーを取り付け体温や活動量などの生体情報を収集する。それをAIで解析し体調の変化を見守りつつ、もし病気につながるような異常が見つかった際には、畜産農家や獣医師に通知するというものだ。

家畜が病気や疫病にかかると、畜産農家は大打撃を受ける。同記事によれば、「畜産の現場では、呼吸器や消化器などの病気で年間約5万頭の牛が処分」されているという。しかし、もし病気の兆候を早期に発見できれば、被害を減少させることができる。農業・食品産業技術総合研究機構の当面の目標は、それら処分される牛の数を半減させることだそうだ。

またセンサーとAIシステムは、牛の繁殖率を向上させるためにも用いられる予定となっている。これは、牛の生体情報から発情期を割出し、人工授精に最適なタイミングを計るというものだ。他の産業の例に漏れず、畜産業の現場においても高齢化や人手不足は大きな課題として浮上している。当然、繁殖を担う畜産農家も減っており、比例して新たに生まれくる子牛の数も減少傾向にあるという。そこにAIを介入させることで、「労働力の代替=生産性向上」を図るというのも、農業・食品産業技術総合研究機構らのプロジェクトの狙いのひとつとなっている。

なお、似たようなプロジェクトに東京理科大学を中心とした研究グループのそれがある。ただし、こちらが想定している対象は「食肉用の牛」ではなく「搾乳用の牛」となる。ネットメディア「マイナビニュース」の2017年8月8日付の記事は、同プロジェクトの背景ついて次のような説明している。

<日本の酪農は生乳生産量や1頭あたりの乳量の低迷、産次数や供用年数の低下、繁殖率の低迷や分娩間隔の拡大などの問題を抱えている。問題の原因としては適時適切な飼養管理ができていないことなどがあると考えられ、これらの問題を解決する新たな技術の開発・酪農経営モデルが求められている>(2016年8月8日付)

同研究プロジェクトでは、AIと「酪農ビックデータ」を活用した「畜産向け飼養管理高度化システム」、そして新しい「酪農経営モデル」の確立を目指すとしている。具体的にはまず、牛の乳を搾る「搾乳ロボット」、その成分を分析する「生乳分析器」、その他カメラなどから「酪農ビックデータ」を収集。飼育や繁殖の管理、乳牛の健康や生涯産次数(牛の供用年数)向上に利用しながら、さらにそれらデータを畜産農家などが管理・監督できるようなシステムを構築し、効率的に「次世代酪農経営」を実現できるように支援していくというものだ。

ウェアラブル端末で家畜を追跡…「家畜福祉」「食の安全」にも寄与

畜産業でAIを活用するためには、家畜に装着するウェアラブル端末の存在も非常に重要になってくる。家畜のビックデータを収集できてこそ初めて、その利活用を進めることができるからだ。

現在、牛だけに限らず、豚や鶏など各家畜にウェアラブル端末を装着させ、その生体情報やトラッキングデータを利活用しようという動きが、世界の畜産農家の中で広がりつつある。日本で始まったプロジェクトのように、生産性向上を目的とするのはもちろんだが、家畜の事故防止など「家畜福祉」、そして最終的に「食材の安全」を確保するという目的もあるようだ。2017年7月12日付のネットメディア「Wired」の記事には、とある養鶏場に関連した次のようなエピソードが掲載されていた。

<2025年までに、アメリカで食べられているタマゴ10個のうち7個は放し飼いの鶏が生んだものになると専門家は予想している。(中略)トラッキング技術がなければ、鶏たちの居場所を確認するのは気が遠くなる作業となるだろう。放し飼い式養鶏場の鶏舎は羽毛が飛び散って混乱し、うるさく、汚い施設だ。鶏たちは思い通りに動き回るが、すべてが新鮮な空気を吸えるわけではない。2万羽が鳴いたり首を振ったりしている異常事態の原因を農家が究明するのには、ウェアラブルが役立った。つまり、ナガヒメダニがどうやって鶏に寄生したのかを解明し、いつ鶏たちが病気になったり怪我をしたりしたのかを突き止めたのだ>

現在、ヘルスケア×AI分野では、人間の体温や脈拍などをデータとして管理・分析し、病気の予防や妊娠率、身体のパフォーマンス向上につなげようというサービスも登場しはじめている。ここで紹介した日本のプロジェクトは、さしずめ「家畜のヘルスケア」を目指すものと言い換えることができるかもしれない。またウェアラブル端末で家畜の安否を管理しようという試みは、子供や高齢者の見守りに近いものがある。今後、畜産業で培われたテクノロジーが、人間の健康を守る手段として応用されていく可能性も決して否定できないだろう。人間と動物の両者のメリットを守る横断的なテクノロジーの発展に、今後とも注目していきたい。