フード・ギャラクシーに見る人工知能と価値創造

あるテクノロジーイベントでの一幕…人工知能を取り巻く論点

先日、あるテクノロジーイベントの会場で、人工知能(AI)の活用を自社で考えているという大手鉄道会社の管理職・男性が、登壇したパネリストに対して次のような質問を投げかけていた。

「人工知能の話題になると、作業時間の短縮や、人件費の削減など、いずれも効率化に焦点が充っているような気がします。さらに一歩進んで、何か新しい価値を生むという用途での研究・開発・実用化は、いまどの程度まで進んでいるのでしょうか」

そんな質問に対して、パネリストたちは困惑した表情を隠せない様子だった。そしてこう答えるにとどまった。

「人工知能はまだまだ発展の途上にある。さまざまな分野で試行錯誤していけば、いずれ新たな価値を生むという使い道も生まれてくるかもしれません――」

たしかに、その鉄道会社の社員が言うように、昨今の人工知能関連のニュースは「機械を知能化していかに人間の負担を減らすか」という点に話題が集中している傾向がある。それは「自動化をいかに達成するか」という話題と言い換えてもよいかもしれない。そして必ずと言ってよいほどセットで語られるのは、「効率化の果てに人間の仕事がなくなるのではないか」というネガティブな論点だ。もっとも、日本は働き手不足が深刻なので、AIによる自動化=効率化という話題はとても重要なことには間違いない。いずれにせよ、人工知能が「新たな価値創造」に使えるのかという問いの答えは、とても気になるところだ。

AIが「新しい食の価値」を提案する

人工知能による価値創造という領域において、興味深い考え方およびプロジェクトがある。米イリノイ大学のコンピューター工学助教授のラヴ・ヴァーシュニー氏らが提唱する「フード・ギャラクシー(Food Galaxy)」だ。

世界には数えきれないほど無数の食材が存在するが、それらを闇雲に掛け合わせたからといって、新しく、おいしい料理が生まれるとは限らない。世界のAI開発をリードするIBMは、2011年から食材同士の最適な組み合わせを解明し、機械で新たな料理を生み出すという「シェフ・ワトソンプロジェクト」を立ち上げたが、ヴァーシュニー氏はその開発リーダーを務めていた人物だ。ウェブメディア「wired」は、シェフ・ワトソンの開発ストーリーについて次のように書いている。

<ヴァーシュニーがまず取り組んだのは、「いかにして創造性を数式で記述できるか?」という問いだった。というのも数式で表現できない限り、コンピューターに創造的な活動を実施させることができないからだ。彼が見事だったのは、きわめてシンプルに創造性を数学的に定義したことだ。具体的にいうと、「質」と「新しさ」というたった2つの変数を用いれば、コンピューターに創造的な活動をさせることができると提案したのだ。例えば料理の場合、「質」とはおいしさであり、「新しさ」とは味わったことのない驚きとして定義される>(「wired」2015年9月25日付「人工知能は料理の夢を見る:シェフ・ワトソンをつくった若き天才と未来の『創造性』」)

料理の次はデザインか音楽か

誰も味わったことのないレシピを生み出すシェフ・ワトソンは2014年に実際に公開され、世界中から高い関心を集めることに成功した。だが、ヴァーシュニー氏らの挑戦は現在も後も続いているという。

フード・ギャラクシーは、世界各地のレシピを集めた「料理の世界地図」とも言うべきものだ。そしてプロジェクト全体像としては、フード・ギャラクシーの上で個々人間の“味覚の現在地”を特定。その後、いまだかつて出会ったことのない、おいしい料理を人工知能が提案(味覚のパーソナライゼーション)する。研究チームは、この「新しい料理を想像するシステム」を、カンファレンス「South by Southwest(SXSW)2017」に公開している。

<ちなみにこのシステムを使うと、面白い遊びができる。それは、「料理スタイルの変換」である。例えば、日本のすき焼きを「フレンチ風」に変換するとすれば、それはどのようなものになるだろうか? ヴァーシュニーらは遊び心からそのような研究を行い、そのままズバリ「すき焼きのフレンチ風:食のスタイル変換を行うシステムの提案」というタイトルの論文まで発表している>(「wired」 2017年7月24日付「数学的に定義した『創造性』の実力を、人工知能が考えた『フレンチ風すき焼き』」)

このようなAIシステムの開発が前進すれば、食の世界における「新たな価値創造」が機械によって成し遂げられていくことは想像に難くない。いずれ、人々はこれまで味わったことのない数千種、数万種の新しい料理に出会える可能性も出てくる。

そしてこの機械による価値創造は、食の分野に限ったものではなくなるだろう。さまざまな音や楽器を掛け合わせる「音楽」や、素材や色、形などを掛け合わせる「デザイン」などにもイノベーションをもたらすはずである。また、無数にいる人材と人材の掛け合わせることで、特定集団に新たな価値をもたらすことができるAIも登場するかもしれない。

いずれにせよ何よりも優先される必要があるのは、「創造性」を定義することではないだろうか。ヴァーシュニー氏は、食の世界において「おいしさ☓新奇性=創造性」という数式を編み出したが、各産業分野によってその定義は微妙に異なる。言い換えれば、価値を創造する人工知能は、新たな価値を言葉や数字に落とし込む作業、すなわち「人間が自分たちの欲を知ろうとする熱意」から生まれてくるはずである。