診断や治療法選定にとどまらない「AI予測医療」の登場

AIで患者の治療計画が4倍早くなる

人工知能(AI)を活用したガンなどの疾病検査、治療方法・情報の提供精度はいまや人間の医師を超えはじめている。2016年には、東京大学医学研究所付属病院で人間の医師が見抜けなかった特殊な白血病をAIがわずか10分ほどで見抜き、治療法の変更を提言。患者の命が救われるというケースが生まれている。

現在、診断(主に画像診断など)に使われている代表的なAIとしてはIBM・Watsonが有名だが、同社でヘルスケア部門を率いてきたJulie F Bowser氏は、過去にメディア取材に答え次のように話している。

<既存のガン治療においては、初期に適用した治療法の44%が途中で変更されている。(つまり)臨床現場の決定の半分は証拠がないということです>(韓国「聯合ニュース」電子版2016年5月26日付)

膨大なデータを学習し、適切な診断を下す人工知能の能力は今後さらに発展していくはずである。そうなれば、これまで医師の経験則や勘で行われていた検査も、より効率的かつ正確になっていくことは間違いない。また、正確な病状が判断できれば治療計画も立てやすくなり、複雑な治療計画を立てる際にもAIの力が発揮されていけば、これまで救えなかった患者の命を救える道が開けるかもしれない。

英人工知能企業グーグル・ディープマインドとロンドン大学が、ガンの治療そのものにもAIを導入していく計画を発表したのも2016年のことだった。彼らが想定していたのは、頭頚部ガンの治療にマシンラーニングを採用するというものだ。頭頸部ガンの治療には放射線治療が用いられるが、医師は患者の健康な組織を傷つけないために、放射線を照射する部位、方向、量、回数を事前に綿密に計画する必要がある。その治療計画を立てるのにかかる時間は平均4時間かかる。一方、人工知能が上手く機能すれば、計画を練るのに要する時間は1時間にまで短縮できるという。

仮にこうした技術が実用化されていけば、人間の医師も大きな恩恵を受けることができるだろう。なお適切な治療法をAIで決定するための研究は、東京大学医科学研究所など日本の研究機関・企業でも活発に行われ始めている。

病気と健康の未来を予測し始める医療AI

人工知能と医療というテーマを考えた時、その活用方法は診断や治療法の決定にとどまらない。AIに期待されている能力のひとつに、ビックデータ分析をベースにした「未来予測」があるが、その性質は医療の水準をさらに高めていく可能性がある。実際に2017年には、「病気を予測するAI」の研究結果が世界各国から発表され始めた。言い換えれば、「AI予測医療」の萌芽が生まれ始めているということになる。

2017年8月、カナダのマギル大学精神衛生研究所傘下のトランスレーショナル・ニューロイメージング・ラボラトリーの研究チームは、AIおよびビッグデータを駆使し、発症2年前に認知症を予測するアルゴリズムを開発したと発表した。同研究成果は、国際的な専門誌「Neurobiology of Aging」誌にも発表されている。

研究チームによれば、同AIシステムを駆使することで84%の精度で認知症の発症を予測できるという。なお研究チームは、ADNI(Alzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative)が保有する軽度認知障害患者のPET(陽電子放射断層撮影)のデータを学習させる形で、認知症予測を行う人工知能を開発してきたと背景を説明している。

一方、遺伝子情報解析企業・EDGCに所属するキム・ソンホ氏は、医療ジャーナル「PNAS」に「20つのガンの先天性遺伝子変異の脆弱性予測」という論文を掲載。遺伝子とガンの発病率の相関関係をAIおよびビックデータ解析から紐解いた分析結果を発表した。それによれば、ガン発病の約33%~88%は遺伝的脆弱性によるもので、その他は環境や生活習慣によって左右されるという結論に至っている。キム氏はインタビューで「いくつもの限界があるガン予防・早期発見方法に多くの示唆を与えた。AIを使った遺伝子分析が発展すれば、ガンを征服する時代がより早く手繰り寄せることができる」(韓国ウェブメディア「Medigatenews」2018年2月8日付記事「人工知能が遺伝子情報のビッグデータを分析しガンの危険度を予測する」)と述べている。

なお2018年2月には、米スタンフォード大学が末期患者の「余命を予測するAI」を開発したとして注目を浴びている。同AIの開発の目的は、死期が迫った患者に適切な準備を促したり、よりより医療サービスを提供することだという。

医療関係者は機械と患者の“通訳職”に

医療への人工知能の応用は今後ますます加速していくはずだ。ただ、人工知能がいかに高いパフォーマンスを発揮するようなったとしても、医療という分野が人間の手から完全に離れるは考えにくい。AI Labの取材に答えた医療関係者のひとりは次のように指摘する。

「人工知能がいかに優れた判断を下すことができるとはいえ、それを患者が信用できるか否かという問題はまた別の次元の話です。数十年経過すれば医療面においてもAIを信じたほうがより健康的に延命できるというコンセンサスが社会的に形成されるかもしれません。しかし、現段階では機械の診断結果を患者に適切に伝え、安心させるための“通訳”すなわち仲介してくれる人が必要だと思います。その役割を担うのが医者となるでしょう。いずれにせよ、AIが発展を遂げるなか、医者や医療関係者が持つべきスキルや素養も変化していくことだけは確かです」

前出のIBM・Bowser氏も、現代医療の精度の低さ、AIを使ったデータ医療の有効性を強調する一方、同分野において完全な自動化・機械化はまだまだ考えられないと指摘していた。あくまで、人工知能は人間の意思決定をサポートし、能力を高めるための道具にすぎないという立場だ。

医療業界で起きている議論を見ると、他の産業同様に「人間と人工知能のどちらが上か」という視点が重要視されている様子が垣間見える。しかし、人類全体がより良い健康と長寿を享受できるようになるのであれば、それがAIによるものなのか、人間の手によるものなのかは、ささいな問題なはずである。より良い医療のために望まれているのは、二者択一ではなく、両社の効果的な融合と協業関係である。