シナリオから人気調査まで…人工知能が変える放送業界

放送業界が抱くAIへの希望、競争激化への不安

テレビをはじめとする放送業界で人工知能(AI)がどのように活用されている、もしくは今後、どう活用されようとしているのだろうか。近年の活用事例と展望をまとめてみたい。

2017年9月に、放送業界最大のカンファレンス「International Broadcasting Convention2017(以下、IBC)」がオランダで開催された。そのなかで、特に白熱した議論は「テレビ放送産業と人工知能をいかに繋げていくか」というテーマだったという。その理由はふたつある。ひとつは、人工知能の活用が業界の発展に寄与するから。もうひとつは、現在の状況に対する“危機感”からだ。

IT技術はこの数十年の間に、インターネット放送サービス、オンデマンドストリーミングサービスなどを生み出し、放送の在り方自体を変容させてきた。前向きに解釈すれば、放送業界はそもそも、IT技術の革新性と相性がよい分野のひとつだったと言い換えることができる。そのため、IT技術の最先端をいく AIと連動した新たなサービスが生まれることは、とても自然な現象だと考えられている。

一方、専門家たちは、放送業界が抱くAIへの関心の高さは、放送市場の飽和と加熱した競争への不安の裏返しだとも指摘している。日本では、若年層のテレビ離れが問題視されて久しいが、その背景のひとつには、Netflixのような新しいタイプのインターネット放送サービスの存在がある。徐々に力を失いつつある既存メディアは、ユーザーの離脱を防止し、新たな成長を模索するための手段として、人工知能やコンテンツ利用データをベースにした新たな放送コンテンツの製作に迫られている。もちろん、既存メディアを追い越さんとするインターネット放送事業者も、AIを巧みに利用しようと考えている。一例として、既存の統計技術(視聴率など)ではカバーできなかった、視聴者に合せたキュレーションサービス(個々の視聴者へのレコメンドや、視聴者が望むコンテンツの作成)の強化などがある。既存メディアと新メディアの相克は、人工知能というテクノロジーをどう利用するかにかかっている。

シナリオを書くAIが書き上げた短編SF映画

人工知能は、ユーザーが利用したコンテンツのデータを分析したり、訴求力が高いコンテンツを制作する解析ツールとしてのみ利用されている訳ではない。現在、世界各国では、“コンテンツそのもの”を生み出す用途でも使われ始めている。なかでもユニークな例としては、「シナリオ分析・執筆AI」がある。

映像コンテンツの骨格の役割を果たすシナリオを書く作業には、文章を理解・分析する能力はもちろん、カメラの移動や俳優の動線などを考慮する能力が求められる。そのため、AIにはシナリオをつくることは不可能だと考えられてきた。しかし、2016年に映画監督であるOscar Sharp氏と、AI研究者Ross Goodwins氏が共同開発したシナリオAI「Benjamin」が登場し、業界を驚かせた。

研究者たちは、AIがシナリオを処理できるよう『スター・トレック』や『2001年宇宙の旅』『X-ファイル』など、数十本の名作SF映画やドラマのシナリオを学習させた。結果、Benjaminは、約9分間の短編SF映画『Sunspring』のシナリオを完成させたのだ。Sharp氏は、そのシナリオを実際に映画化した。仏メディア「Le Monde」は、「通常以上の楽しさを誇るが、内容の有機結合性が不足している」とまずまずの評価を下している。

Benjaminは『Sunspring』のあと、『It’s No Game』という短編SF映画のシナリオも生み出している。同作は前作と比較して、シナリオがより重層的になったという評価を得た。また、『Sunspring』では突如として理解できない会話や場面が挿入されていたが、『It’s No Game』にはそうした欠点が大幅に改善されていたという。

多くの専門家は、シナリオAIが人間のレベルに達するのはまだまだ難しいとしている。前述のBenjaminが生み出したシナリオはいずれもSFコンテンツであり、話が多少、飛躍しても視聴者側に受け入れられることができる。しかし、他の分野ではそうもいかないというのが業界の共通認識だ。とはいえ、AIはどんどん能力を向上させてくるだろう。なお、シナリオAIの亜流として、次回作や続編のストーリーを予想する「新作シナリオ予測AI」(エンジニア・ZackThoutt氏が開発)や、SNSなどの書き込みから「好感を得るシナリオを作成するAI」(Disney Researchが公開)などが登場し始めていることも補足しておきたい。

撮影・CG作業を合理化するAI

放送業界において、人工知能は映像撮影・編集、CG作業にも用いられてようとしている。2017年に開催されたCG関連のグローバルカンファレンス「SIGGAF 2017」では、ワシントン大学の研究チームが発表した「音声・画像合成AI」が注目を浴びた。

同AIは、インターネット上に存在する既存の動画データを分析。そこに入力された音声と、同じパターンを自ら生み出し、音声と同期する口の形のCGを作り出すというものだ。つまり、AIが音声だけで即席で映像を作りだすということになるのだが、仮に実用化できれば、これまで人間が音声に基づいてCGを製作してきた方法よりも、はるかに少ないコストでコンテンツを制作することが可能となる。

同様の技術は、ビデオ会議や映画の吹き替えなど、音声と映像を上手く合わせる必要がある環境・コンテンツで有用だとされている。また、映像と音声の同期レベルを検出する機能を利活用すれば、フェイク動画を検出することも可能になるとされている。

一方、大規模製造業で活用されているロボットアーム(産業用ロボット)の制御技術と組み合わせた「撮影AI」も、コンテンツ制作の現場で活用され始めようとしている。同システムを活用すれば、CG合成時に発生する誤差を最小限に抑えることができ、製作期間を縮めることができるのだ。国際映画祭の拠点として有名な韓国・釜山市は、2018年から2020年までに60億ウォン(約6億円)を投資し、撮影AIをベースにした動画撮影システム「シネマロボティクス(Cinema Robotics)」を構築するとも発表している。

以上のたように、人工知能は企画・制作・調査・評論など、放送業界のあらゆる分野で活用されはじめようとしている。テレビやスクリーン越しに、AIがつくったコンテンツを人間が当たり前のように消費する時代は、意外と早く訪れるかもしれない。